東京地方裁判所 平成11年(行ウ)46号 判決 1999年7月16日
原告
朴谷勇市
被告
国
右代表者法務大臣
陣内孝雄
右指定代理人
加藤裕
同
井上良太
同
生水口優一
同
若杉伸一
同
杉本雅一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億一一〇九万円及びこれに対する平成六年四月一九日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、平成五年分の所得税確定申告につき、反対売買による決済の行われた商品先物取引における確定損益から必要経費を控除した金額を雑所得として計上して算出した所得税を納付した原告が、商品先物取引においては実際に差金授受が行われたときに損益を計上すべきであるから、右確定申告はその重要な部分に錯誤があり、無効であると主張して、不当利得返還請求権に基づき、被告に対し、申告納税額と原告主張の方法により改めて算出した額との差額金の支払いを求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告はカネツ商事株式会社(以下「カネツ商事」という。)との間で、商品先物取引を継続していたものであるが、平成五年一月一日から同年一二月三一日までの間の取引につき、同日現在で、仕切注文による反対売買が行われた確定損益として、計算上、五億一六六五万一九三〇円の益金が発生した。
しかし、原告は、その後も、カネツ商事との商品先物取引を継続したため、右益金の差金全額は現実には受領せず、右取引期間中には、カネツ商事に対し、委託証拠金として四七〇万四〇〇〇円を支払い、カネツ商事から、前記取引による益金として三億四一五四万六四一八円の支払を受けたにとどまった。
2 原告は、平成六年三月、平成五年分の所得税の確定申告につき、同年一二月末日現在の前記計算上の益金五億一六六五万一九三〇円から必要経費七二五万七八八一円を控除した五億〇九三九万四〇四九円を雑所得として計上した上、原告の申告納税額を二億四九七一万三〇〇〇円として申告し、これに基づいて、同年四月一八日、右申告納税額全額を被告に納付した。
二 当事者双方の主張
(原告の主張)
1 商品先物取引において、反対売買がなされた結果、顧客に計算上益金が生じたとしても、右商品先物取引が継続する間は、右益金はいわば流動的な運転資金にすぎず、これを利益とみなすとすれば、追加保証金の預託や両建等の手法もとれなくなり、先物取引自体を否定することになりかねない。
したがって、税務上も、商品先物取引については、損益の計上は実際に差金授受が行われた時点で行うものとして取り扱うべきである。
2 平成五年一月一日から同年一二月三一日までの間に原告の行った商品先物取引につき、同日現在で、仕切注文による反対売買後の確定損益として、計算上、五億一六六五万一九三〇円の益金が発生したことは事実であるけれども、原告は、各仕切注文による反対売買後も委託証拠金として四七〇七万四〇〇〇円を支払うなどして取引を継続し、現実の出入金の差額は二億九四四七万二四一八円であった。
3 そこで、1によれば、原告は、平成五年分の所得税の確定申告として、現実の出入金の差額二億九四四七万二四一八円から必要経費七二五万七八八一円を差し引いた金額である二億八七二一万四五三七円を雑所得を計上すべきであったにもかかわらず、計算上の益金五億一六六五万一九三〇円全額から必要経費七二五万七八八一円を控除した五億〇九三九万四〇四九円を雑所得として申告し、その結果、本来納付すべき税額(一億三八六二万三五〇〇円)より一億一一〇九〇万円過剰に納付することとなった。
4 しかし、原告の行った平成五年分の確定申告は、前記のとおり、その重要な部分に錯誤があるから無効であり、被告は、本来納付されるべき金額を超えて納付された一億一一〇九万円を、不当利得として、原告に返還すべき義務がある。
(被告の主張)
1 所得税法三六条一項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他の経済的な利益の価額)とする。」と規定して、所得を構成する収入がどの年分に帰属するかを決定するに当たり、現金主義ではなく、発生主義のうちの権利確定主義によるべき原則を明らかにしている。
商品先物取引に係る損益の計上時期についても、右規定の定めるところと殊更別異に取り扱うべき理由はないから、反対売買による決済が行われた時に右損益を計上すべきであり、現実の金銭の授受の時に計上すべきであるとする原告の主張には根拠がない。
2 したがって、原告が行った平成五年分の同人の所得税の確定申告には誤りはないから、右申告が錯誤により無効であると解する余地はなく、原告の本訴請求には理由がない。
三 争点
以上によれば、本件の争点は、商品先物取引に係る所得金額を計算するに当たり、商品先物取引による損益を、実際に差金授受が行われた時に計上すべきか、反対売買による決済が行われた時に計上すべきか、の点にある。
第三争点に対する判断
一 商品先物取引における損益計上の時期について
1 所得税の課税対象となる各種所得の金額は、収入金額又は総収入金額から、必要経費その他一定の控除をした金額であるが、収入がどの年分に帰属するかについて、課税に当たって常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいところから、所得税法三六条一項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と定め、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税する権利確定主義の原則を採ることを明らかにしている。
2 これを本件についてみると、商品先物取引においては、反対売買又は物の受渡しが行われた時点で損益金が確定するのであるから、右商品先物取引に係る損益は、右の時点において確定し、これにより収入すべき金額は、その年分の収入として計上すべきものと解すべきである。
3 原告は、商品先物取引の特殊性を考慮して、現実に差金授受の行われる時に損益計上すべきであると主張するが、前記所得税法三六条一項の趣旨に照らせば、商品先物取引に係る損益について、所得税法三六条一項の定めるところと別異に取り扱うべき根拠は見出し難く、右主張は採用できない。
二 したがって、反対売買による決済が行われた時における商品先物取引に係る損益に基づいて雑所得を計上すべきものとして行われた原告の平成五年分所得税確定申告には、原告主張の錯誤は認められないから、原告の本訴請求は、その前提を欠き、理由がないというべきである。
三 結論
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)